2008年2月7日木曜日

K DUB SHINE - SAVE THE CHILDREN


びっくりしました。

DATE COURSE PENTAGON ROYAL GARDEN - MUSICAL FROM CHAOS2 [Limited Edition]

MUSICAL FROM CHAOS2
DATE COURSE PENTAGON ROYAL GARDEN 菊地成孔 坪口昌恭
B0007MCI4C

ながらで見た。DCPRGと略するらしい。かっちょいー紹介文がつけられるような代物らしいです。


WFMU's Beware of the Blog: Girls Who Loved Beatles and the Beatles Who Hated Them, "Them" Being "Beatles".:ビートルズに憧れている女の子の歌が四曲。ほぼ同時代に作られた真心ブラザーズの「拝啓ジョンレノン」みたいな感じかな、と思ったけど、全く違うな。時代も文脈も違う。真心ブラザーズは、時代も文脈も違うことくらいは分かってるし(分かってなかったら商品にしてはいけないだろうし)。

で、こっちは、ビートルズの二番煎じを目指したバンドの音。このWFMUの著作権問題はどうなってんでしょうねえ。
WFMU's Beware of the Blog: Fake Beatles No. 2: Battle of the Bogus Beatle Bands

2008年2月6日水曜日

Sun Ra - Sun Song

Sun Song
Sun Ra
B000004BEZ

Sun Ra & His Archestraの事実上のデビューアルバムだそうです。彼らがシカゴからカナダにツアーに行ってその帰りにNYに立ち寄ったらタクシーに追突されたのでそれから数年間NYに住み始めた、というそのカナダに出発する前に録音されたものだそうです。
久しぶりにライナー・ノート読もうと思ったところ、「病跡学的」がどうしたこうしたという始まりで、あ、もしかしたら、こういう思考はしても仕方ないよというオチかな、と思ってたけど、別にそんなことはなくて、なんとなく鬱陶しい文章だなあと思ってたけど、最後は、このアルバムは「デビュー・アルバム」なのでその後のアーケストラの様々な音楽的アイデアの萌芽が見られる、というのと、Sun Raをめぐる言説は、なんとなく最終的にSun Raを保護するかのようなスタンスがある、ってのと、Sun Raは、音楽的に格別に新しいことをしたわけではない云々ということが書いてあって、あ、ここは面白いなあ、と思ったら、菊地成孔が書いてました。
ま、あんまし、「音楽的には」(音とか和声の組み合わせだけでは)(音響的には)そんなに面白いものでもなく、「奇妙なビッグ・バンド」でさえなかった気がする。ライブで見たら面白いのかもしれんけど。

The Marvellous Aphorisms of Gavin Bryars: The Early Years

以下のようなことを考えました。
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The Marvellous Aphorisms of Gavin Bryars: The Early Years
Gavin Bryars John E. Davis Seth Josel
B000LP4OG0

「なまめかしい」とか「メロディアスな」とかいう形容詞は全く当てはまらないので、そういうのが好きなブライヤーズ好きには、全くはまらないと思う。
そういう心地よい音楽を作り始める前のハードコアな時代のブライヤーズに関心がないと聞いてられんと思う。
と思ったら、《タイタニック号の沈没 The Sinking of the Titanic》は1969年だったし、《イエスの血は決して私を見捨てたことはない Jesus' Blood Never Failed Me Yet》は1971年だった。
UKの1969-71って、フルクサス(あるいはケージ、あるいいはコーネリアス・カーデュー)以後、ブライアン・イーノ以前、という捉え方で良いのかな?
ブライヤーズが美術学校で教師やって、ポーツマス・シンフォニアを作った頃らしい。で、マイケル・ナイマンとは出会っていなかったらしい。
何か(ナイマン『実験音楽』とか)に回収される(それが悪いとは思わないけど)直前の"実験的精神"のドキュメントとして面白い。
こういうマイナーなことにもきちんと眼を向けていけるようにしておかねば。それがメジャーなもの/真実のものであるかのように勘違いしたら気持ち悪くなり始めるけど。

2008年2月5日火曜日

Duck and Cover (1951)

面白い。こういう発音だと早くても分かる。カツゼツってやつか?

Internet Archive: Details: Duck and Cover

『公式長編記録映画 日本万国博』

以下のようなことを考えました。
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公式長編記録映画 日本万国博
間宮芳生 谷口千吉 石坂浩二
B0008JH79A

れっとろふゅーちゃぁー!
羊毛をバリカンで剃る様子とか樵が木を切り倒す様子が、あの万博公園の真ん中で演じられていたらしい(1:47:00あたり)。これは面白いかも。
太陽の塔を乗っ取った(?)人は、1:00:00:くらいに数秒出てくる。
その次に出てきたのが104歳の老人。
日本国民のみならず世界中の人類が「みんな」が来た「バンパク」だったらしい。美辞麗句とはこのことか。
こんなに並ぶのは、ぜえったいに嫌だ!

通常の万国博覧会は、開催都市名を付けられる(パリ万博とかロンドン万博とかシカゴ万博とか)のに、「大阪万博」じゃなくて「日本万国博」という名称なのは、これが1940年に開催予定だった「紀元2600年記念日本万国博覧会」の生まれ変わりだったかららしい。
紀元2600年記念日本万国博覧会 - 中国占領地の切手、郵便: "紀元2600年記念日本万国博覧会"

市川崑の『東京オリンピック』の「面白さ」が際立つ。記録映画としてはこっちのほうが良いんだろうけど。
このDVDで初めて知った情報。
:大阪市とサン・フランシスコは姉妹都市

2:16:45以降に360°スクリーンがあるけど、それをラップトップの二次元で見る。なんだかよく分からん。

何かの資料として使えるかもしれない資料。
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校正って、もっとうまくできんもんかな、と思う。あんまし直さないことにしてるけど、誤字脱字は直さないといけないし。
そう、そして、昨日、「美学会本部幹事」の引継ぎ業務を、やっと全て終えました。終わってからポツポツとあったので、けっこうかかりました。後は立替書類を郵送して立て替えたお金が振り込まれるのを待つだけです。
「引継ぎ」なんかなかったけどあった振りをせねばとか、「引継ぎ」されてなかったことが原因でできない人間と見られるストレスのことは忘れてしまうのだ。

2008年2月4日月曜日

レコードの作り方

WFMU's Beware of the Blog: Record Making With Duke Ellington (video):エリントンは全然関係ないけど、ヴィニール盤の制作プロセスを見ることができる。レコード制作、っても、録音からはじまるのではなく、媒体としての、物質としてのレコード制作過程。けっこう手作業が多かったみたい。で、このくらいの短さなら英語がなんとなく分かる。

市川崑の『東京オリンピック』

採点を終えたので、以下のようなことを考えました。
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東京オリンピック
ドキュメンタリー映画 市川崑
B0001Z2VX8

ヤノベケンジに向けて、大阪万博の前に東京オリンピックのおべんきょーしよう、と思った。
だけなのだけど、本当にとても面白かった。

ナレーターの声(三國一朗)と「無名の日本人たち」の顔が良い。
最初のナレーターの声と、聖火ランナーの映像からして、単なる記録映画以上の期待を抱かせてくれたので、じっくり見ようとしてしまった。単なる記録映画にしたくはなかったという企図は信じられないくらい成功していると思うけど、現実の人間がこんなにフィクションの世界の住人みたいに見えて、それは良いのだろうか?と思った。

冒頭いきなり「オリンピックは人類の持っている夢のあらわれである。」と言われる。
「オリンピック」の理念とは、人類普遍の「世界の平和と友情」らしいけど、これは1960年代日本に特有の話なのか、市川崑の独創なのか、調べてないので分からない。
「世界中の国から日本にお客様がやってきた」というファンタジーや、WWII中のベルリン・オリンピックの話やらに触れないこと、等々は、明らかに「市川崑の作為的な痕跡」なので、この「東京オリンピック」をかるすた的なスタンスから色々検討したり、その西洋中心的史観を炙り出す等々の作業はきちんとしないといけないと思う。
でも、市川崑という人は、そういうことを「とりあえずは脇にどけておこう」と思わせるくらいに強力な物語を映像で語れる人だったのだなあ。
東欧や人種の違い等々の「問題」が、見事なまでに無視されていて、無視されているからこそ「統一的な物語」を形成しているのかもしれない。いちおうきちんと「原爆ドーム」は入れてあるし。
そういう意味で、これは、今の視線からは抑圧構造を持ったものとして理解されるだろう、60年代に典型的な物語構造なのだ、と言えるのかもしれない。
「全世界が一堂に集まることができる場所」を夢見ることができること、それが夢みたいな話だ。
だから「昭和」は流行してるんだろなー。
例えば"この十年の日本社会の退廃は、東京オリンピックから大阪万博の時代に、社会人となった世代がリーダーシップを取るようになったせいだと思っています。お祭り騒ぎはいいことだ、と刷り込まれているわけで、第二東京オリンピックも、社会の現実から目を背ける世代を育てることになるでしょう。"といった意見があるが、これは、僕のせいではないというメッセージを僕に伝えてくれるので採用しよう、と思ったりもする。
「夢見ることができた時代、それが昭和」とか、こんなコピーはどこかに売れないものだろうか。

映像に記録されている子どもたちや大人たちも今やけっこうなおじさんおばさんそしておじいさんおばあさんになっていることとか、自分もそのうちおじさんおばさんおじいさんおばあさんになることを思うと、友部正人の「にんじん」を聞きたくなってくる。みんな昔懐かしいおじいさんになってしまいそうだから。
音楽は黛敏郎らしい。


JOC - 東京オリンピック 1964
最初は黒澤明がするはずだったけど、降りたので、代役として市川崑が作ったらしい。
レニ・リーフェンシュタールの見たくなってきた。
谷川俊太郎とか安岡章太郎が関わっていたらしい。

2008年2月3日日曜日

ブルース・ランド ブルースの誕生

ブルース・ランド/ブルースの誕生
オムニバス
B000B52DHM

レポート採点しながらなのでほとんどきちんと見てないけど、僕はブルースの誕生についてけっこう知らないことを知りました。あと、ほとんど英語が聞き取れなくなっていて悲しいです。練習したら取り戻せると思うの練習し直さねば、と思いました。
節分の週末は人に点数つけて終わりそうで、人に点数をつけるという行為をどんな風に考えておけば良いのだろう、という疑問を(再び)得ました。季節の風物詩的な疑問に終わらないことを祈っておきたいところです。

2008年2月2日土曜日

The Audible Past

The Audible Past: Cultural Origins of Sound Reproduction
Jonathan Sterne
082233013X

聴覚型の技法あるいは聴取の技法(audile technique, techniques of listening)の歴史を辿れば、電話以前に電信が既にネットワークに特有の親密性を生み出すメディアであったこと、listening in searchは電話以前に電信が、電信以前に間接聴診法が担っていたものであること、等々のことが主張されるということが分かるのは面白い。(けど、"listening in search"というものの「最初」は果たして間接聴診法なのかどうかイマイチ納得できない。もっと他にありそうな気がするのだけど違うのだろうか。)

電信は、情報が伝達された遠隔地において、音が再生産される機械だから「口モデル」だ、ということを言ってみた。
音響テクノロジーの起源について考察した第一章で、僕は、音響再生テクノロジーの核心にはdeafnessがあったこと、音響再生テクノロジーは口モデルから耳モデルへと移行してきたということ、という二つが一番頭に残っていて(でも聾唖教育の歴史においては、フォノトグラフについては全く触れられないらしいけど)、特に「口モデル」と「耳モデル」というのは面白い話だ、と思ったので、色々なものに応用できる思考ツールとして使えるものにならないだろうか、と思っていたので、20世紀後半以降の様々な音響テクノロジーに使おうとしてみているのだけど、あんまし上手くいかない。
とりあえず、初音ミクは、サンプリング音も使っているし、「口モデル」と「耳モデル」の「混合」らしい。
そんで、「口モデル」と「耳モデル」という二分法だけではどうやら上手くいかなさそう、ということが分かった。「(音を生み出す装置としての)楽器」を、情報入力のフェーズと、音響再生のフェーズに分けて、縦軸がその二つで、横軸が「口モデル」と「耳モデル」の二つの、四象限くらいに分割したら上手く使えるかもね、という意見を貰った。
けど、帰り道に気付いたのだけど、「口モデル」と「耳モデル」は、あくまでも19世紀の音響再生産テクノロジーを念頭に構築された理論的モデルなのだから、「楽器」にそのまま使おうとするのは、たぶんけっこう間違えている。むしろ「楽器の分類モデル」みたいなのを考えて、「古典的な楽器」と「MIDI」と「サンプラー」とかとを比較分類するのに「口モデルと耳モデル」の違いを組み込む、という使い方をすべきなのかもしれん。
「口モデル」と「耳モデル」をもっと使える形で整理して組み込んだチャート式の思考ツールのようなものを作りたい。
と思ってるのだけど、それは僕の次の論文には使えるのだろうか?

あと、ボアダムズは日本発のアフロフューチャリズムだ、という与太話も試してみたのだけど、「アフロフューチャリズム」というものはあまりにもサブカル的に固有の意味を持つものなので、ちょっとやめといたほうが良さそうだ、と思った。「アフロフューチャリズム」に込められている固有の文化的意義を軽く見過ぎていたので、これを一種の思考ツールとして使えるかも、と思ったのだけど、これはそんな汎用性のある概念ではない。

あと、なぜかPerfumeの魅力のポイントについて激しい討論が行われていたのだけど(ああいうのに「ちゃんと」対応するのは偉いと思う。感心した。)、その魅力の一つはMCだ、という僕の論拠の一つはこれ。
TBS RADIO 954 kHz|JUNK2 エレ片のコント太郎


コトノハ - 4分33秒
川原泉に「3分44秒」という題名の作品があるらしい。

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