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2009年6月15日月曜日

メモ-「レジーナフォン」

「ディスク型オルゴールとディスク型レコードの兼用型機器」あるいは「オルゴールと蓄音機の兼用型機器」
けっこう面白そうなので、今後、調査すること!
まずはウェブクリップのメモ。何をどこから調べ始めたら良いのか、から考えること。

オルゴールを紹介: "レジナフォンスタイル240 (Reginaphone Style 240):アメリカ 1910年代:オルゴールと蓄音機が兼用となった便利なオルゴール。上部両端にライオンの顔が付いています。"
オルゴールと蓄音機の歴史: "ディスク型オルゴールがかけられ、ディスク型レコードもかけられる正しくオルゴールと蓄音機の折衷機"
Regina Music Box - History and value by art historian Dr. Lori: "History of Music Boxes"

2009年6月7日日曜日

求む音源-『ザ・ヴァイオリン演歌』

今、授業準備のために明治期日本の「はやり歌」の変質について勉強してます。
なので、以下の音源をお持ちの方、おられましたら聞かせてくれませんか。
中古でも見つかりません。
ザ・ヴァイオリン演歌
桜井敏雄
B000064QI0


ザ・ヴァイオリン演歌/桜井敏雄

_1.対話1(演歌事始) ※ なぎら健壱との対談です
_2.ダイナマイト節
_3.対話2(演歌街を往く)
_4.オッペケペー
_5.対話3(ヴァイオリン演歌誕生)
_6.ハイカラ節
_7.スカラーソング
_8.間がいいソング
_9.対話4(演歌風俗)
10.カチューシャの唄
11.さすらいの唄
12.東京節
13.対話5(流しへの展開)
14.新金色夜叉
15.新酒場の唄
16.船頭小唄
17.対話6(若き桜井敏雄)
18.流浪の旅
19.復興節
20.対話7(師:石田一松)
21.のんきな父さん
22.対話8(すばらしき仲間たち)
23.当世銀座節

桜井敏雄(1909-1996)さんは、いわゆる大道芸人といえるのでしょうか。バイオリンを弾きながら、唄を歌って、なんというか、小沢昭一氏の世界にも通じるところがあります。
ハイカラとは、このような世界のことをいうのでしょうね。
.

2009年6月6日土曜日

memo-WFMU's Beware of the Blog: "Edgar Varèse and the Jazzmen" (MP3s)

WFMU's Beware of the Blog: "Edgar Varèse and the Jazzmen" (MP3s)

なんだか、あんまり面白くもなかった。

2009年6月5日金曜日

memo-National Library Board - PathFinder for SoundArt-2005

National Library Boardというのは、シンガポールの国立図書館らしい。
で、色んな資料案内を作成したらしく、2005年作成のSoundArtのためのPathFinderへのリンクがあった。

Sound art: "National Library Board Singapore, 2005-10-01":作成者のBalagopal, Robertaという人は、ぐぐった限りでは、この図書館の職員らしい。
2005年作成だけど、2001-2005, 2005-2009年の資料は含まれていない。(ある。)

--------------------
以下、案内されているウェブサイト。
いくつかはリンクがなくなっている。
選択基準がよく分からないけど、出発点だからこんなものなのかもしれん。
Douglas Kahn関係(というか、オーストラリアとかCA近辺の活動)へのリンクがない。作成した人は知らなかったのかな。分からんけど。
あんまし突っ込んでも仕方ないだろう。
Paul Klee und die Musik
Tune the World: Sound sculptures - Pictures - Drawings - Haus der Kunst - Absolutearts.com
Sound Art Music and Texts of Dan Senn
Sound Travels
Max Neuhaus
Wassily Kandinsky

2009年5月23日土曜日

Danger Mouse

デンジャー・マウス、EMIに対抗して空っぽのCDRを発売!!
米国の人気 DJ、EMI との著作権トラブルに対抗してブランク CD-R を「アルバム」としてリリース

1.
今日、初めて知った。
ビートルズの「White Album」とJay-Z の「Black Album」をミックスしたアルバム「Gray Album」をリリースしたけどEMIに出荷停止にされてBitTorrentでアルバムを無料配布したDJ Danger Mouseが、Blank CD-Rをリリースするらしい。(16 May 2009時点の記事で「Music producer Danger Mouse is to release a blank CD ...」なので、まだリリースしていないみたい。)
DJ Dangermouse - The Grey Album download

2.
へー、と思って、元の記事を斜め読みした。
よく分からないけど、EMIに新しいアルバムのリリースを拒否されたから、Blank CD-Rをリリースして、音楽データはオンラインで配布するらしい。
スラドには「ダウンロードできる」と書いてあったけど、僕はダウンロードできるリンクは見つけられず、ストリーミングしか見つけられなかった。

『Dark Night of the Soul』というタイトルのアルバムで
Sparklehorseというロック・グループと一緒に作ったもので、どういうことか分からんが、Iggy PopとThe Flaming Lipsをフューチャーしたアルバムで、そんで、なぜか、デヴィッド・リンチのアートワーク(写真とか)が付属しているらしい。
(デヴィッド・リンチは、何をしてるんだろU?不思議だ。)

で、ブランクCDRには「For Legal Reasons, enclosed CD-R contains no music. Use it as you will.(法的な理由で、同封のCDRには音楽は記録されていません。自由に使ってください。)」と書かれるらしい。(まだ実際にはリリースされていないので決定ではないのだろうけど。)

3.
ここから聴けるので聴いた。
かっこよかった。The Grey Albumしか知らなかったけど、DJ Danger Mouseは、Madlibのように面白い音楽家なのかもしれない、と思った。
でも、「Blank CD-Rでリリースしなければいけない音楽」(そんな音楽があるとして)には聴こえない。「普通」に、記録済みCDでリリースしたら良いんじゃないか、と思った。
一回流して聴いただけでは、EMIにリリースを拒否される理由が分からなかった。

4.
ブランクCDRをリリースして、音楽はダウンロードしてくれ、というやり方について。
「記録済み音楽CDの販売を"過去の行為"としてパロディ/パスティーシュする行為」だとか「音楽の流通のあり方の変化を告知する出来事」だとかなんか考えてみようとしたのだけど、それって、僕が考えるよりも上手く考える人がいるに違いない、と思った。
時代とか社会の変化を受け入れて理解するのに役立つ言葉とか。
全く使えないのは話にならないけど、僕は、そういうことを「予知」する立場にはいないだろう。別にレコード会社で働いているわけでもないのだし。

5.
それより、「PCを使って、ネットから音楽データをダウンロードしたり、そのデータをCD-Rに記録することができない人々の行動」って、面白そうだなあ、と思った。
PCとかネットを使って音楽とつきあえるかどうかは、テクノロジーに対するリテラシーの有無が、その行動様式を根底から分けてしまう、分かりやすい事例のはずだ。
一見外からは分からないけど(例えば、ネットを使う/使わない、に、必ずしも学歴は関係ないとか)、実は全く異なる行動様式を持つ人々は、どのように同じ一つの社会の中で共存するのか?とか。

6.
ま、これも、僕が考えるべき問いではない気がするけど。
ふと思いついた、ちょっとした教訓。
誰かが音楽(の将来)とテクノロジーについて語っている場合、話している人が「その話が当てはまるのはどういう種類の人々かを考えているかどうか」に注意しよう。
その意味では、僕が2008年に書いた(けれど、仕事にはならず埋もれてしまった)ものは、よくないものだったな。
と反省。


→元ネタの記事はここらへんか?それとも他にソースがあるのか?
Exclusive First Listen: Danger Mouse And Sparklehorse Team Up With David Lynch : NPR Music
BBC NEWS | Entertainment | Danger Mouse to release blank CD


僕の好きなMadlib。分かりやすいから。
Shades of Blue
Madlib
B00009OOI6

2009年5月21日木曜日

小沼純一(編)『ジョン・ケージ著作選』(ちくま学芸文庫、2009)

ジョン・ケージ 2009 『ジョン・ケージ著作選』 小沼純一(編) ちくま学芸文庫 東京:筑摩書房。
ジョン・ケージ著作選 (ちくま学芸文庫)
小沼 純一 John Cage
4480092021
まさか、ジョン・ケージ関連の新しいアイテムが出版されるとは予想していなかったので、ちくま学芸文庫だから1000円以上するけど、でも、文庫本で出たことを知ってびっくりした。

収録されているジョン・ケージの文章は、以下の通り。
-------------
音楽愛好家の野外採集の友
合衆国に於ける実験音楽の歴史
実験的音楽ジョン・ケージ
ダニエル・シャルルの33の質問に対する60の答え
インタビュー集 ケージの音楽-1970年以降
われわれはどこで食べているのか?そしてなにを食べているのか?
作曲を回顧して
-------------
基本的に、リブロポート社の『MUSIC TODAY』 のケージ特集(No.18)と1980年の近藤譲(編訳)『音楽の零度 ジョン・ケージの世界』(朝日出版社、1980)に収められていた日本語訳を再録したもの。
ジョン・ケージ 1996 『サイレンス』 柿沼敏江(訳) 東京:水声社。からは使われていない。
理由は不明。翻訳権とかの関係か?

僕にとってはどれも馴染みのテキストだし、僕がこれを読んでジョン・ケージについて新たに何かに気づくということはないと思う。
が、ケージの文章の邦訳は絶版になってるものが多いので、文庫であると、最初のきっかけには良いのかもしれない。これもすぐに絶版になるかもしれないけど。
「ジョン・ケージを全く知らない人」でケージの音楽を聴くだけではなくケージの文章を読んでみたい人にとっては、最初のきっかけとしては良いのかもしれない。
が、だったら、ケージが英語でやってるフォントや段組の実験とか、メゾスティクスは、再現しないほうが良いと思う。二つ以上の文章が分断され、フォントだけで区別されて同時に掲載されていたり、本を上下左右逆にして読んでみたりしなければいけないのは、よみにくい。

ということで、
1.ケージのタイプグラフィーの実験を日本語で再現しようとするのはかっこ悪いなあ、ということを再確認し、
2.絶版にならなければジョン・ケージの文章への最初の入門として紹介できる(そうする必要とか価値があるかどうかはともかく) と思った。

ま、世の中には色々な物事があったほうが良いと思う。

2009年5月18日月曜日

memo-orangeflux design

orangeflux design
lettersをcomposeしてvisual recordingする人々らしい。
「タイポグラフィーの実験」は、磁気テープが登場する以前は「声、朗読の実験」のための手段だったけど、磁気テープの登場以後も「visual music」のための手段として用いられている、という事例
Sonic Graphics/seeing Sound
Matt Woolman
0500282609

2009年5月17日日曜日

レーザープリンタ

安くなってたので買った。
基本的にモノクロ文書しか印刷しないので、予想以上に快適ですげー便利で良かった。

のだけど、でかい。
重い。
このアンプとエフェクターの居場所を探してあげなければ。

2009年3月26日木曜日

600円のカツ

これ、何やねん。
30円くらいの駄菓子で「カツ」っていってる、ああいうお菓子みたい。

国立国会図書館関西館のランチメニュー。
ちゃんちゃん。

発音記号は19世紀末にはつくられてたけど、日本に入ってきたのは大正後半みたいです。
予想と違って、語学レコードが使われ始めた経緯がなかなか分かりません。もちょっと調べますが、なにかご存じなら、皆さま、何か教えてください。
レコードが語学学習の教材として役立つようになるには、レコードがどういう美的機能を持つようになったからか、を分析したいわけです。

2009年3月24日火曜日

現代芸術って何や?

大航海 2009年 04月号 [雑誌]
B001TIUTTE
1.
[現代芸術]徹底批判という特集だったのでざっと読んでみて、読む前から、「徹底批判」される対象として「現代芸術」は存在している(いた)と前提されているかどうかという点でそれぞれの記事を読もう、と当たりをつけられる程度には、芸術学を学び始めた頃から自分は成長したことは分かったけど、だからといって「ゲイジュツ」についてどう考えたら良いかはまだ明確には分かってないので、あんまし十分成長していないなあ、と思ったりもしました。

2.
ゲイジュツは人間文化の中で高級な事物ではないけど、じゃあどういうものかというと良く分からないのだけど、あんまし悠長に「分からない分からない」とか言ってる問題に答えが出ることはないと思うので、さっさと考えねば。

3.
なんにしろ、「現代芸術」あるいは「美術批評」が今や壊滅したので新しい基準を求めねば云々という、問題設定そのものに共感できない。
「かつてはあったゲイジュツ」に触れてこなかった人々の声が大きくなった、ということじゃないのか?なんで誰も、社会階層の状況変化、とかに触れないんだ?20世紀半ばと21世紀じゃ、かなり違うに決まってるじゃないか。

4.
自分は「芸術学」という問題設定について再考する準備が出来ていないことを確認するきっかけにはなったかな。で、今んとこ、自分は「芸術学」という問題設定を無効化するつもりはないみたい。自分がどう変わるかは分からないけど、多分けっこう簡単に変わる気がするけど、僕はまだ、げーじつは、それが世界の見方を少し変えてくれるものなら良いものなので、コストパフォーマンスという観点で話をしても仕方ない、と考えてたりもする。

--------------------
読後に思ったこと。
バナナの叩き売りの声がはじめは「芸能」の文脈で取り上げられ、90年代以降「芸術」に「なる」のであり芸術で「ある」わけではないことを示した後で、「自らの関わっている「芸術」や「音楽」の価値の話になると、無批判的に肯定することから出発してしまうという、そういう事実の中に人間の性のようなものを感じてしまう」とまとめる渡辺裕先生と(だから何やねんとも思うけど)、不勉強なのであまり知らなかった栗原裕一郎の文章が、飛びぬけて面白かった。
この文章、かっこいいね。一文が長いけど。
「べつにアートにかぎったことではないが、中途半端に市場のロジックに絡め捕られてしまった、かつてはハイ・カルチャーであったようなジャンルにおいては、批評の言説なんて、市場に晒されつつも依然として市場からは孤立した閉回路で実質的には価値付けがなされる作家なり作品なりという「商品」に対し、激安の報酬でパブリシティを受け持つジャンルの下僕に成り果てて久しい。だが、その広告文=批評はアピールするべき外部を持っていない。クローズドな回路で決定される価値を、内側へ向けて、それらしい言葉でふわふわとコーティングしてみせる役割しかもはや果たしえていないのである。」(114)


2009-03-21 - おまえにハートブレイク☆オーバードライブ

2009年3月22日日曜日

日常の芸術化-というか、地下鉄で真面目な顔でふざけてる人たちは面白そうだなあ。


「日常の芸術化」(日常生活の一部を芸術と見立てること)も「芸術の日常化」(芸術作品を日常生活の中のものとして制作する(と称する)こと)胡散臭い。(前者は、フルクサスのパフォーマンスとか、(アートと称する)ヒップホップ文化のグラフィティとか、かな。後者はケージ的なアート。ケージにとっては前者は唯美主義に陥る危険があるもの。つまり、げいじつ作品作って、それが「日常生活の一部だ」って言い張るタイプのげいじつ作品。かな。)
で、このImprov Everywhereは、分かりやすい「日常の芸術化」の例だと思うのだけど、面白いな。色んな理屈が述べられてないからかな。
(言われてるのかもしれないけど、僕は知らないからかな。)

2009年3月16日月曜日

memo-Douglas Kahn - Music and Machines VIII / AV Festival 08 on Vimeo

Douglas Kahn - Music and Machines VIII / AV Festival 08 on Vimeo:Dougが動いている映像。懐かしい。英語が分からなくなってきてる…。


AV FESTIVAL 2008 | AV08

2008年11月27日木曜日

あなた好みの曲を教えてくれる検索エンジン「Mufin」 : ライフハック

あなた好みの曲を教えてくれる検索エンジン「Mufin」 : ライフハック
わざわざ英語圏の音楽に限定して自分の趣味嗜好を広げてくれる(というか、たぶん正確には、細分化していってくれる)サービス。かな?
MP3の規格を作ったFraunhofer Instituteの制作らしいので一回だけ検索してみたけど、検索結果からから面白そうなものはどれかと鼻を動かして更にそいつを聞く方法を考えて…とか、めんどくせー。
自分が使うとは思えない。

ただ、こういうやり方で「音楽(20世紀のポピュラー音楽たち)」にアプローチする人たちがいる、あるいは主流になっていく、ってことなのかな?
先のことを断言する気もできるようになりたいとも思わないけど、自分が慣れ親しんでいるやり方とは違うやり方で色々なことをする人間が増えていく、って考えるのは、なんだかけっこう楽しい。
老けたな。

で、自分が、中学とか高校の頃、細野晴臣的な音楽の聴き方に影響されて音楽を聴こうとしていたことを思い出した。
そんな気がするだけで、実際は全くそうじゃなくて、全くマニアックでもなかったと思うけど。
この本読んで、ある音楽を聴いたらその音楽のルーツを自力で探していくってのが「良い音楽の聴き方」だ、とか思うようになった気がする。
(Mufin的なアプローチとは全く違うわけで、うん、さて、僕は今後どうしたもんかな。)

レコード・プロデューサーはスーパーマンをめざす (徳間文庫)
細野 晴臣
4195976839

この時期に徳間文庫で出た細野晴臣の本は実家のどこかにあるはず。今度探してみよう。

2008年11月15日土曜日

高橋悠治レクチャーコンサート


左のようなアンケートを書いたら少しすっきりしたので、出さずに途中で帰った。どういう人がいたんだろう。

で、二年ぶりに一乗寺を歩いて前に住んでた場所を見学して、バスに乗って京都駅に向かったのが間違いだった。
紅葉時の京都は恐ろしいもので、二時間かかった。疲れきった。電車に乗ったら良かった。


京都芸術劇場: "『高橋悠治レクチャー・コンサート』"

2008年11月3日月曜日

Professor Mayer's topophone: 1880.

Acoustic Radar.: "This image has been reproduced many times in the past, but as it is the earliest audio-location device I have found so far, so here it is. It was devised to assist navigation in fog. I have no information on its success or otherwise."

Acoustic detection and locationのための機器(音響探知機とか?)は、古くても1880年までしか遡れないらしい。(ほんとか?)
SterneのAudible Pastでの議論と付き合わせたくなるトピック。

音を「効果」として理解するからこそ音響探知というテクノロジーは成立するけど、Sterneの議論においてはMedia Fisrt, Technology Laterだから、音響探知機というテクノロジーを準備した文脈は19世紀前半までには成立していたのだ云々というお話になるのだろう。
Sterneの話は、だいたい「あるテクノロジーが出現するまでにそのテクノロジーを可能とするコンテクストは既に準備されていた」という話になるし。その「コンテクスト」として、聴取の技法とか聴覚の変化とかについてそれなりに具体的に語ってくれるから面白いのだろうけど。あんな長い本にしなくて良い気もするけど。


日本の戦争のチューバ - ワニ:この金子くんのページ見て、Wikipedia見て、そんでリンクを辿って見つけたページ。この人のウェブサイトの構成、分かりにくくて、この人が誰か分からない。なんだ、これ。

2008年11月1日土曜日

不採用B

今年のTスコアは3.124でした。オンラインで見たので内訳は知らない。
一昨年は3.130で不採用Aだったけど、今回はBでした。
Tスコアの意味がやっぱり分からない。
とにかく、博士様になったけど、僕は、駄目な研究者らしい。
いよいよがんばっていかねば。

で、うー、と思いながら申請状況を見てて、よく分からないことがあった。
特別研究員-日本学術振興会

疑問点
1.
人文・社会の申請者数が、平成17年度には1697人だったのが、平成18年度には705人になってること。

すぐに気づいたけど、人文と社会科学が分かれたのに気づかずに「人文」のところだけ見てたから、人数が減ったと間違えただけでした。

2.
化学、工学、医歯薬学では、PDの申請者数がDC2の申請者数を下回ること。
  他の分野では逆だけど、合計すると、PDの申請者数はDC2の申請者数を下回る。
  そしてDC2申請者数からPD申請者数の伸びが一番大きいのは「人文学」。

3.
全体の採用率は上がってきてるけど、人文・社会のPD採用率は、10%程度の年度が多いこと。

2が不思議だけど、そんなこと考えても仕方ない。
がんばらねば。
とか、こんなことブログで公にしてて良いのだろうか、僕は。

2008年10月27日月曜日

Charles Crosの発音


修平のひとりごと3月24日~:上部三分の一辺り。どうでもいいっちゃどうでもいいのだけど、エジソン以前に録音際再生の方法に関する論文をフランス科学アカデミーに送り、今でもフランスのレコード大賞の名前に使われている人なので何度も書く必要があるし、僕の中で表記が揺れていたので。

僕の結論
「Charles Cros」は「シャルル・クロ」
:クロスでもクロでも正しいらしく、本人がそう呼んで欲しがってたらしいから「クロ」で良いか。
:ただし日本語では「シャルル・クロス」が多いかもしれない。澁澤龍彦とか。だから日本語で調べ物する時は注意。


Charles Crosの発音は、『小学館ロベール仏和大事典』では「シャルル・クロ」、ただし生まれ故郷のフランス南部のファブルザンでは名前のsは発音され、彼の名前は今でもそのまま「クロス」。
ただし、本人はパリに上京した後、自分の名前を「クロ」と呼んでもらいたいと考えたらしい。
今日では一般に「シャルル・クロ」といわれているが、「クロス」も依然用いられている。どちらも正しいし、言語学的にも正しい。

2008年10月26日日曜日

エドワード・ベラミー『かえりみれば-2000年より1887年』

アメリカ古典文庫〈7〉エドワード・ベラミー (1975年)
B000J9D8WY

音響メディア関連の色々な本で時々言及されるので、先週、どんなものか読んでみました。
1886年に書かれたユートピア小説で、アナーキズムに受け入れられ、発行後数年で100万部を越えるベストセラーになったらしいです。
こんな均質的な社会の何が面白いんだとも思うけど、レトロ・フューチャーはそれが書かれた社会を反映するものだから、後からあれこれ批判しても面白かあないし、音響メディアに言及している部分だけに注目しておこう、と。

結局、「ラジオとしての電話」と「電話を通じた説教」が描かれてるだけ、でした。
1886年に書かれたから、1877年にエジソンのフォノグラフが発明された後の空白の10年の間に書かれたものなので、音楽メディアとしての蓄音機はまだ登場していないし、ラジオは1920年代以降。
対して、1880年代からフランスやアメリカで、電話を通じた音楽やニュース提供会社があったし、1893年から20年間に渡る「テレフォンヒルモンド(ブダペスト)」の活動もあるので、19世紀末は、電話は音楽のためのメディアとして発達していくと考えられていたのかもしれないですね。
吉見俊哉『「声」の資本主義 電話・ラジオ・蓄音機の社会史』について説明する時に、一緒に言及する時に使えるだけ、かな。

小説としては、面白くなかったです。
小説はディティルを描いてこそ面白いと思うのに、あんましディティルを描いていないと思うので。

星々は「歌う」(宇宙と天文学全般) / 科学ニュースあらかると -

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元々のBBC News
BBC NEWS | Science & Environment | Team records 'music' from stars

「星の音」が情報として役立つ、というのは、どれくらい本当なのだろうか?

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