CPRM HDDレコーダー PC - Google 検索:ややこしくて分からない。何とかしてくれ。
2009年6月6日土曜日
2009年5月31日日曜日
2009年5月29日金曜日
AM図書館(だいちゃん)
で、結局、大ちゃんからのライブのお知らせでした。別れて九州に帰ることになった、とか、誰かがこの世からいなくなった、とか、そういうお知らせではなかったので、そんな感じのニュースをひきおこしたことがある人間として、ほっとしました。
ということで、京大に調べ物しにいって、帰りに遠回りして北白川のヴぃヴぁらむじかに行くことにしました。
ら、なんと、京大の図書館が月末でお休みで(もう五月が終わる!)、結局、ヴぃヴぁらむじかにだけ行くことになりました。
二年以上会ってないはずなのにあんましそんな感じはしなくて、ライブ(というか、一人でするパフォーマンス。楽器弾いて歌うとかじゃない。)も、相変わらず不自由な中であがいてる感じで、久しぶりなのですごかったです。
毎日ならはらたつだろうけど、僕は大ちゃんと結婚してるわけじゃないので、大丈夫。
で、そんな不自由な中であがいてる様子を、自分の妻と娘と息子の前で、心の底から真剣にしてたのだけど、なぜこの男はこんな風なんだろう。と思いました。
渚(息子)がノリノリだった。
「じゃあ、コール&レスポンスで。愛とー」に、しっかりと
「真実ー」
と答えてました。(三才らしい。)
ま、そういうのは良いとして、元気そうで良かった。
パンクバンドしたらいいねん。
けっこう忙しくて金もなくて大変らしいけど、でも、仕事仲間もいるし楽しそうだったし。
した話はだいたい忘れたけど、面白かった話。
最近、だいじろうは、やってみたくなって、マクドで深夜バイトやってみたそうです。で、あれは大学生のバイトだ、ということを発見したそうです。僕のいっこうえで、ちゃんと福祉の仕事してるのに。しょうちゃんは、もう小学二年生なのに。
人が世間とか社会を知る方法は様々だなあ、と思いました。
ま、いって、顔見て少しだけど話できて、良かったです。
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VIVARTA
対バンというか、職場の後輩で友達らしい。高の原は遠いし、べえ・しょう・なぎさが帰るのと一緒に帰ったので見てないけど、YouTubeというのは便利なもので、たいてい、見れてしまうのだなあ。
そこで、ふと、携帯で撮影した「AM図書館」の映像をYouTubeにあげてみよう!と思った。
イデモト家やその周辺とはほとんど交遊もないし、彼らはネットを使わないから、ばれないだろうと思った。
のだけど、携帯で撮影した動画をPC上で再生できない、という問題に遭遇した。
なんだよー。
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いや、元気そうで良かった。
勝手にアップロードしたけけど、怒りませんように。
2009年5月16日土曜日
2009年5月4日月曜日
FACTORY KAFE 工船
自分のGW最後に、昔の友達に会いに京都に出て行ったら、風邪で倒れて来れなかった。
という連絡をする力もないくらいひどいらしい。
(という連絡はできたらしい。)
(なんでやねん。なめた話や。)
なんでもいいけど、往復二時間以上使ってバカバカしーけど、二年ぶりだったし残念。もう会わないかもしれないし。
人生は偶然と成り行きでできてると思うので、縁があれば二年後くらいに会えるかもしれんけど、とりあえず、送料払ってるのだから、コーヒー豆を着払いで送るのは二度としないで欲しい。
でもまあ、体、はやく治ると良いねえ。
で、コーヒー飲んで帰ってる途中。
ふたばの豆餅は売り切れで買えなかった。
コーヒーは、とても美味しかったです。
好みの味を探って仕上げてくれるからかも。
接客、すごかったな。丁寧で。
時間かかるしコーヒー好きじゃないと駄目だけど。
ゆっくりするのが苦手な人が行くと、良いと思う。
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「FACTORY KAFE 工船 (カフェ コウセン)」
オオヤコーヒ焙煎所 / KAFE工船/バッチグーバイシクル/田中美穂植物店コーヒショップ
:こんなんあった。がんばってるなあ、と思った。
:僕は、「コーヒーの人」としてのこの人と知り合ったんじゃなかったことを思い出した。
→
後日(5/23/09)、コーヒー豆の郵送に、記号みたいな手紙が同封されていた。
あ、もうないな、と思った。
少なくとも、二度とカフェ工船には行かねえだろうなあ、と思った。
つまり
1.一時間以上来る人間と待ち合わせしていたが、すっぽかして、すっぽかしの連絡をその人間ではなく、待ち合わせ場所にいる人間にだけした。
2.で、そのことに関する説明とか謝罪の電話はなく、
3.こっちからは電話しない(から電話してくれ)。
ということらしい。
なにが残念って、
4.この「真摯な手紙」で四角く切り抜いた部分、呼んだことのない呼び方で僕の名前を書いてる。
文面が先にあって、そこに僕の苗字をはめこんだんだろう。
(なんてツメの甘い。)
5.京都時代に一番色々話し合った人だったのに残念。
なので、
6.郵送料を先払いしても何回かに一回は「着払い」で送ってきて、そのことに関する連絡も謝罪もしないのだから、お金を払う相手としては信用できないので、(確かに同じ値段の豆と比べると一番美味しいと思うけど)もう先払いでは買わないこと。
2009年5月3日日曜日
2009年5月2日土曜日
2009年4月29日水曜日
「ロックの学園」という番組
昨夜家に帰ると、テレビで「ロックの学園」という番組が流れてた。
ロックは学校で教えることができるモノになったらしく、それはそれで、時代は変わるもんだな程度の感想なのだけど、見たことがある顔がテレビに出てて面白かった。「"ロック"はアカデミックなものになったんだ」と思いつつも「知ってる顔がテレビに出てたら物珍しく思う」というのは、「テレビとかマスメディアの磁場(?)」から脱しきれていなくて、中途半端だな、と思った。
でも、(距離的にも人間関係的にも)遠く離れている人の顔を自分の部屋で見れるってのは、面白いもんだ。
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パーカッショニストの山口ともという人が大学かどっかで講義してて、あと、斉藤和義のギターをキセルの辻村君が弾いてた。
山口とものほうは個人的には知らない。京都のどっかのライブハウスで見たことがあって、僕もごみを集めて打楽器に使ってたので、山口ともを見て、「カギ」を集めて楽器に使い始めた記憶がある。
斉藤和義 歩いて帰ろう 20080830埋め込み禁止らしい。
2009年4月28日火曜日
世の中
滋賀県は琵琶湖な草津まで二時間授業(つまり180分)しにいって、そのあと、大学の同窓の人間で、大学に勤めている人間とご飯食べてコーヒー飲みました。たまたま今日は同じ場所に授業しに来てたので今日会えて、京都駅でモダン焼き食べたのだけど、なぜか外国のお客さんが多いとこで、不思議でした。
で、会う前は、なにをどこまで話すと愚痴でどこまでなら普通の相談事かということについて、明晰な線引きをくだすべく議論しようと思っていたのだけど、なんだかどうでもよくなってきたので、あんましそういう話はしませんでした。
昼間、花を見て、何の根拠もなしに何だか良い気分になったからだと思います。
不思議なもんです。
で、かわりにけっこー色々なことを話したような気がするけど、内容はあんまし覚えていなくて(たぶん明日にはすっかり忘れてしまうと思います。)、たぶん「世の中のこと」について話していたはずなのだけど、たぶん半分以上、「大学」の話だったと思います。
なんで、帰りの電車で、「世の中」とは、「世の中」という言葉を使う人の身の回りの世界のことなんだろうと思ったという話です。
あと他に思ったのだけど、そいつは携帯電話持ってないのだけど、それ以上に、そいつの自宅はまだダイヤルアップらしく、そっちの方がびっくりで、そっちのほうがびっくりだった自分にびっくりしました。
果たして彼はこのブログを発見できるのだろうか?
→
某理系の某研究分野においては「研究内容や手法の相談」を行うことは、当たり前で当然らしい。
という事実に衝撃と当惑を感じて、二年ほどたった。
(4/28/'09)
←
「自分で考えるのが当然」とか「自己責任」とかいうマジック・ワードの周辺で成長してきた人間としての衝撃と当惑。
とりあえずのメモ。
なんかよく分からない時は、判断は保留してどちらが正しいとか断言しないこと。
とはいえ予想としては、たぶん、「どちらが正しい」とか考えるような事項ではないのだろう。
で、「自己責任」とかいう言葉をやたら使う人間は、信用してはいけない、と。
で、ただし、誰も面倒見てくれるわけではないので、全ての責任は自分にしかないこと(あるいは、自分のことは自分で責任を取るしかないこと)は、肝に銘じておくこと。
2009年4月25日土曜日
『スラムドッグ$ミリオネア』を映画館で見た。
映画『スラムドッグ$ミリオネア』公式サイト
マイカルだと5月後半だけど、奈良市だと今日から見れたので、見てきました。
おくりびとと同じ時に何個もアカデミー賞とった作品だし、金曜の夜だったのに、観客が8-9人しかいなくて、「映画館に映画を見に行く文化」が衰退するのは仕方ないのかもしれないけど、寂しかったです。
で、なんだか奇妙な映画で面白かったです。
スラム出身の教育を受けていない若者がクイズ・ミリオネアで全問正解するのは、そのクイズの問題の答えが、偶然にも、彼がそれまでの人生で遭遇した様々な事件で知った知識で回答できるものだったから。
で、映画は、その回想シーンと現在のシーン(クイズに出ているシーンと、インチキを疑われて警察で取り調べられているシーン)が交錯して作られてる。
と、ここまでは予告編とか広告とかで分かることだと思うけど、映画を見て分かることとして、これはネタばれじゃないと思うけど、「スラムでの生い立ち」と「クイズ・ミリオネアの問題」との関連は別に必然的なものではなくって、つまり、映画のポイントは「生い立ちとクイズとの不思議な関連」ではなくて「スラムでの生い立ち(の回想)」にあって、それがなんだか奇妙で面白かったです。
けっこう悲惨な運命とか事件に巻き込まれていくのだけど、元気な子供が走り回っている映像は元気が出てくるものだなあと思いました。疾走間溢れる映像とか、やたら汚い環境で生きている人間たち、とか。なぜ、英語でインドのスラムの映画を取ってるのかは分からない。
他にいくつか
・トレインスポッティングと同じ監督の作品なのに、インドだけが舞台で、でも登場人物たちが途中からみんな英語を話してました。インド訛り英語は、やっぱしちょっと聴き取りにくいです。
・僕は日本の「クイズ・ミリオネア」を10分以上見たことがないと思うけど、なかなか面白そうな番組でした。
・ハッピーエンドは大事だと思いました。
・みんな踊る場面があるのは大事だと思いました。
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2009-04-23 - 空中キャンプ
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スラムドッグ$ミリオネア - YAMDAS現更新履歴
ギャラリーカフェ人と木、「田舎カフェ」
ギャラリーカフェ人と木 京都・木津川市
市役所に行ってから、「日本」「美術」の誕生とか「日本画と洋画」について説明する方法を考えて一時間の授業に仕上げないといけないので、ここに行って考えることにしました。
人と木(ヒトトキ=ひと時)というネーミングからして、鬱陶しいセンスのとこだと嫌だなあと思ってたのだけど、和歌山の実家の田舎を思い出して、なかなか良かったです。「畳に寝転がることができる」って素敵な話で、ついつい昼寝してしまいました。
300年前に出来た庄屋の家を利用したものらしく、ま、田舎の家、です。里帰り気分で来る人は多いと思うし、僕は、母方の祖父母の家を思い出して懐かしかったです。
この手の「実家」がない人も多いと思うけど、そういう人がどう感じるかは分からない。
だからまず第一に、ここは良いところです。次はランチでも食べようと思いました。
で、帰ってきてから、「田舎カフェ」というカテゴリーでくくられるカフェがあるなあ、なんて気のきいた言葉を思いつくのだろう僕は、と思ったのだけど、僕が初めて思いついた言葉じゃありませんでした。
(よくあることだけど。)
(例えばこれ→田舎カフェの始め方)
別に定義しないといけないような言葉じゃないけど、僕が思ったのは、
・クルマで行くような場所にある。(バスとか電車とか公共交通機関では行けないし、自転車で気軽に行ける場所にもない。)
・田舎にあるので家賃は安いので、広い。
・田舎にあるので平日はあんまし(というか、たぶんほとんど)お客さんがいないので、売り上げとか利益とか店長の生活費とか、どうなってんだかさっぱり分からない。他に仕事持ってるようにも見えないのだけど。
・「地元なアートか工芸か民芸かなんかそんなの」が飾られて売られてることが多い。「ギャラリー」(と名乗ったり名乗らなかったりするもの)が併設されていることが多い。
・自然な食品が多い。なんだかうそ臭いしばかばかしいと思ってきたけど、けっこう美味しいことが多い。
・BGMが僕好みではないことが多い。
等々
という性格を持っているもののことです。
木津川市の南端に引っ越してきたおかげで(ここはバイクかクルマで数分動くだけでドイナカになるのだけどけっこうな数の「カフェ」があるので)知るようになった形態の「カフェ」のことです。
人があんまし来ないことが前提みたいなところがあるので、和歌山とか京都とかDavis, CAとか茨木市とか、中途半端に人がいる(ような感じがする)町じゃあ、試みられない「カフェ」なんだろうと思います。
で、不思議なのだけど、だからといって「顔見知りの常連」だけ集めようとしているわけでもなさそうです。
というか、まだあんまし知らんのだな。
「日本の都会のカフェ」を「田舎に移したもの」ではなくて(”最初”はそのようなものとして始められたものもあるのかもしれないけど。)(都会みたいにお洒落なカフェを田舎でも!って感じで。)、けっこう別の機能を持ち始めてるのではないか、と思いました。
具体的にどんな機能なのかは、田舎カフェをあまり知らないのでよく分からないけど。
街の大きな/小さなカフェとかライブハウスとかクラブとかバーとかが果たすだろう人と人とを結びつける機能とか、そういうのの田舎版に過ぎないものではないだろうと思います。
よく分からんけど、とりあえず、同じ「カフェ」という言葉を使うだろうけど、単なる「都会の縮小版」じゃないだろうと思いました。
たぶん「カフェ」以外の言葉のほうがふさわしいと思います。
たぶん「都会のカフェ」の機能は、ドイナカでは「喫茶店」が担うんじゃないだろうか?
和歌山の田舎の喫茶店を幾つか思い出して、ふと、そんな気もしました。
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個人的な希望として、かっこ悪いと思うので、「カフェ」以外の言葉が普及して欲しいです。
「お茶屋」とかもかっこ悪いからやめて欲しいです。
「喫茶店」か「コーヒー屋」が良いんじゃないだろうか。
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すぐに気づいたこと
というか、「田舎カフェ」って「そもそも最初から田舎に住んでた人」はターゲットじゃなくて「都会から来る人/都会に住んでたけど田舎に移住した人」がターゲットだ!
おお、かっこ悪い。
みんな「都会のような」生活を味わいたいのか?
ネットとかPCとかなかった時期の、かつての(今でも?)「アマチュアミュージシャン」のように権威主義的に”(幻想上の)都会”に羨望(みたいな感じ)の眼差しを送るわけだな。
パンクなスピリットは(日本の?)田舎では醸成され難いのだな。
けっ。
でも、今日食べた玄米ゴマパン、美味しかったな。
次はランチだ。
木津川市じゃなくて高の原は、ニュータウン多いしなあ。
2009年4月11日土曜日
Lucky Garden
ラッキーガーデン公式ホームページ
けっこう狭いけっこうな田舎の山道をけっこう車で進んだら、何軒かの建物が現れて、羊や山羊もいて、そこがぜんぶ、Lucky Garden。車じゃないと行けなくて、けーっこうアクセスが難しいと思うけど、お客さんがひっきりなしに来てた。
インド料理かスリランカ料理だと思うけど、とてもおいしかった。Davisで食べたカレー思い出しました。
あと、なぜだか紅茶がとても美味しかった。僕はあまり紅茶を美味しいと思わないので、すごかった。
何より、見晴らしが素晴らしいし、食べる場所が素敵でした。
今だけだろうけど、満開の桜の下で羊を眺めながら、この上もなくのんびりと開放的な気分でご飯を食べられるわけです。
羊を見る場所のほうは自由席だけど、山の上からの見張らしが売りの店内席は予約しないといけないです。
2009年度が始まった途端に色々思うことがあるなか、なかなか素晴らしい場所でした。























